安気な住まい:生きている感謝を全面に

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生きていることに喜びを感じることは何だろう。毎日が幸せと感じる人もいるだろうし、活かされている自分が憎らしいと思っている人もいるかも知れない。いつまで経っても自己実現が出来ない不幸を感じている者もいれば、朝餉夕餉に幸せを感じつつ感謝を述べているキリスト教徒も居るだろう。人の幸せを一言で言い表すことは出来ないし、多様な人生を一律の幸福論で集約することにも無理がある。誰しも置かれた位置が異なり、人生の背景も異なるので幸せ感も違う。ただ、共通なのは前に向いて進んでいるという実感があれば充足感はあり、幸福感に繋がると思う。少なくとも成長していると感じることの一定の快感は心を安定させる効果がある。

だから戦後の多くの日本人は幸せだった。池田勇人首相の『所得倍増論』が三種の神器を手に入れる物に対する欲望を満足させたし、田中角栄首相の『日本列島改造論』で全国の土木関係者は喜び地方自治体も潤った。そしてオイルショックから低成長時代が始まるが、右肩上がりは尚続き、決して劣らない人口増加と都市の拡大は日本人の希望として続き、最期にバブル崩壊という運命的な経済ドラマを体験して経済は後退局面へと変化していった。そして人口減少と共に都市の縮退が議論され、日本の舵取り役も瞑想して道しるべを失った。国民は紆余曲折の迷い道。世界もバランスを失って、不安が過ぎり自らの人生の置き所を模索する。

多くの不安が混沌として、進むべき道が見えない状態では人の心は定まらない。こんな時に宗教が台頭する時代も有ったが、情報豊かな現代社会である。もう少し科学的なスタンスで希望を見つけようではないか。そんな時に、自らの健康と生きている喜びに感謝する気持ちが欲しい。生きていることがやがて人生の喜びを感じさせてくれる。生き続けていくことは前向きで無ければ続かないので、結果として充足感を生む。確か太宰治も『反物をもらったので少し生き続けることをしてみようか』などと言うフレーズで延命したということを認めていた記憶があるが、人生とはそういうもの。

私にも人生の道しるべを失った時機がある。バブル経済で浮かれて、いつの間にか仕事が無くなったときに、自らの社会的役割を問うた。あふれるように与えられた仕事をこなすことで、時を無為に過ごして経済も潤った。しかし、自ら進めたいと思う仕事ではなく、むしろやりたい仕事より目の前にあふれる仕事に追われた日々。いざ目前から仕事が無くなると極端に不安になり、自らの生きる方向を失うことになった。不安に駆られ、自らを見直す日々が続いた。

その時に見つけたのが、居住者による住まい作りだった。ずっと気になっていて実現したくても、出来ない環境にいた。そしてバブルがはじけて初めて理想の住まい作りと真っ正面で向かい合うことが出来るようになった。そして『浄瑠璃プロジェクト』『永山ハウス』と実現して、漸く住まいのあり方が見えてきた感がある。これからは生きている感謝を全面に押し出して、理想の住まい作りに邁進していきたい。

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このページは、秋元孝夫が2012年2月 1日 04:04に書いたブログ記事です。

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